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該当件数320件
  • 江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜の墓は谷中墓地と称される区域の寛永寺墓地にあります。円墳状の墓で、慶喜とその妻の墓が並んでいます。慶喜は華族の最高位である「公爵」を与えてくれた明治天皇に感謝の意を表すため自分の葬儀を仏式でなく神式で行うよう遺言を残したため、一般皇族と同じような円墳が建てられました。
    谷中エリア
  • 東京初の駅直結デパートとして1931年に開業した「松屋浅草」は、当時アメリカや西洋で流行したアール・デコ様式を採用したモダンな外装が特徴です。屋上に遊園地やこども動物園を作るなど斬新なアイデアで、当時の人々の話題を集めました。
    現在は、B1階から地上3階までが松屋浅草の売り場。2012年のリニューアルで建設当時のシンボル・大時計も復活し、昭和の面影を残す百貨店は今でも人々に親しまれています。地上1階は 浅草らしい下町銘菓をはじめ、全国からセレクトされた銘菓が並ぶ「浅草すいーつ小町」。東武線「浅草駅」直結なので、お土産購入にも便利です。
    浅草中央部エリア
  • 西洋美術全般を対象とする日本で唯一の国立美術館。ヨーロッパで美術品の収集をしていた実業家の松方幸次郎のコレクション(松方コレクション)を基礎に、モネやルノワールなどの印象派の名作や、ゴッホ、ピカソといった有名作家の作品を広く展示しています。このコレクションは第二次世界大戦中にフランス政府に接収され、戦後に専用の美術館を創設することを条件に日本へ寄贈返還されました。

    本館の設計は、フランスで活躍した近代建築の巨匠ル・コルビュジエによるもの。「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」の構成資産の一つとして東京初の世界文化遺産に登録されています。前庭にもロダンの彫刻が展示されており、散策しながら美術鑑賞を楽しめるのも魅力のひとつ。 ボランティア・スタッフと一緒に鑑賞する「美術トーク」や、解説を聞きながら本館や前庭を一緒に歩く「建築ツアー」など、初めての来館でも気軽に楽しめるプログラムも用意されています。
    上野・御徒町エリア
  • 三代将軍家光公が寛永19年(1642)に浅草に建立した三十三間堂の守護神として稲荷大明神を勧請し、その場所がちょうど的の先に当たっていたので「矢先稲荷」と名付けられたといわれています。拝殿の格天井には、神武天皇の御世からの「日本馬乗史」を描いた100枚の絵が奉納されて、馬にまつわる歴史が一目瞭然に理解できます。
    浅草中央部エリア
  • 正寶院(しょうぼういん)は享禄3年(1530)の創建と言われ、江戸期にはすでに「飛不動」の通称で知られていました。古くより「旅人の守り本尊」「厄飛ばしのお不動様」として信仰されてきましたが、昭和期からは航空安全の守護神としても有名になり、航空関係者や宇宙関係者などが海外からも多く参拝に訪れます。
    根岸・入谷・金杉エリア
  • 桜橋 は、台東区今戸と 墨田区向島との間で、隅田川両岸の 「隅田公園」 を結ぶ歩行者専用橋です。橋の創架は昭和60年(1985)、「隅田公園」 の施設の一つとして台東区と墨田区の共同事業で架橋されました。「隅田川」 では最初のそして唯一の歩行者専用橋です。
    奥浅草エリア
  • 上野恩賜公園内の通称大仏山といわれ、かつて大仏殿があった場所に、昭和47年(1972)建立されたパゴダ(仏塔)です。寛永8年(1631)、堀直寄によって大仏が寄進されましたが、度々の地震や火災で倒壊し、現在は、大仏のお顔のみが保存され、大仏再建の願を込めて、お身体があった場所にパゴダが建てられました。
    上野・御徒町エリア
  • 文具資料館は、筆記用具や計算機の原型ともいえる品々が展示されており、文具の発達過程を知ることができる資料館です。伊達正宗が使用した鉛筆のレプリカ、最初に商品化された手回し計算機など、珍しい文具が多数展示してあります。
    浅草橋・蔵前エリア
  • 水上バスやクルーザーで隅田川や東京湾のクルージングが楽しめる「東京都観光汽船」。浅草の乗船場からは、浜離宮・お台場海浜公園・豊洲・日の出桟橋へ行くルートなど、東京観光に便利な便が多数出航しています。また、東京スカイツリーをバックに綺麗な写真が撮れるスポットなどを巡る約30分の「浅草周遊コース」も。初日の出やお花見、隅田川花火大会、クリスマスなどのイベント時は、いつもと違う目線から東京の景色を堪能できるイベントクルーズも企画されています。
    漫画・アニメ界の巨匠、松本零士氏が宇宙船をイメージしてデザインした船や、約300人が乗船可能なアメリカンな大型船など多種多様な船体も魅力。目的や人数にあわせてコースや時間帯を選べるチャータークルーズも行われています。
    浅草中央部エリア
  • 浅草屈指の縁結びの神社として知られ、良縁を求める人の「婚活神社」として注目されています。
    この地は16世紀から焼かれていた今戸焼発祥の地で、猫の焼き物を販売していたことから、招き猫発祥の地でもあります。縁を招き寄せるペアの猫をモチーフにした絵馬や御朱印帳も人気です。

    1063(康平6)年、時の奥羽鎮守府源頼朝・義家父子が祈願し鎌倉の鶴ヶ丘と浅草今戸とに京都の石清水八幡を勧請して創建されました。境内には、幕末に活躍した新選組沖田総司の終焉の地の碑も佇んでいます。また、浅草名所七福神の福禄寿が祀られており、七福神詣りの参拝客でも賑わうスポットです。
    奥浅草エリア
  • 都内で最も古い「お稲荷様」として知られる下谷神社は、730年に創建された歴史深い神社です。大年神と日本武尊を祀っていることから、商売繁盛や家内安全のご利益があるとされています。5月に行われ、東京の下町で一番早い夏祭りと言われる「下谷神社大祭」は1000年以上の歴史があり、本社神輿の渡御を行う「本祭り」と、町会神輿の渡御だけの「陰祭り」が隔年に行われています。
    本殿には、日本を代表する画家 横山大観による「龍」の天井絵が掲げられており、その壮大な美しさは見る者を圧倒します。俳句の大家・正岡子規の「句碑」や、初代・三笑亭可楽の寄席が境内で初めて開かれたという「寄席発祥之地」の石碑などの見どころも。
    オリジナルの朱印帳の販売や、月や日によって限定の御朱印頒布も行っています。
    上野・御徒町エリア
  • 俳句・短歌の革新者正岡子規(まさおかしき)が、1894(明治27)年から亡くなるまでの8年半、暮らした家です。
    子規は門弟や友人たちと文学や美術談義を行い、作品を発表し続け俳句や短歌、文章の革新に邁進しました。
    故郷松山より母と妹を呼び寄せ、結核に苦しみながらも34歳で亡くなるまで精力的に文学作品を創作し続けた場所でもあります。

    1945(昭和20)年の空襲で焼失しましたが、その5年後、当時の間取りのまま再建され、現在の庵は東京都指定史跡として明治の雰囲気が体感できる魅力的な空間となっています。

    子規が病室兼書斎にしていた「病牀六尺の間」などを復元しており、明治の暮らしだけでなく創作の様子を偲ぶことができます。現在、一般のボランティア団体により大切に維持・保存されています。
    根岸・入谷・金杉エリア
  • 秋葉原駅から御徒町駅間の高架下にある、「日本のものづくり」をテーマとした約50店舗が集まる施設「2k540 AKI-OKA ARTISAN」。
    工房とショップがひとつになった店舗が多く、商品のこだわりを聞きながらお気に入りの逸品を探したり、ものづくりの体験が出来るワークショップに参加して自分だけのオリジナル商品を作ったり、クリエイターと直接コミュニケーションをとりながらのショッピングが楽しめます。飲食店もあるのでランチやカフェ利用もおすすめ。
    ここでしか買えない商品や一点物を扱うブランドなど、大量生産の製品にはないぬくもりと、新しいデザインの商品に出会うことができます。

    名前の由来は、東京駅から2k540m付近にあることから「2k540」、秋葉原駅(AKIHABARA)と御徒町駅(OKACHIMACHI)の間にあるという造語「AKI-OKA」、フランス語で「職人」を意味する「ARTISAN」を組み合わせたもの。
    施設周辺は、江戸の文化を伝える伝統工芸職人の街だったという背景もあり、現在もジュエリーや皮製品を扱うお店が多く、高いセンスとクオリティをもった店舗が集結しています。
    上野・御徒町エリア
  • 江戸時代の浮世絵師といえば葛飾北斎。誓教寺(せいきょうじ)には、葛飾北斎の墓と胸像、そして「富嶽三十六景」など北斎が好んで数多く描いた「富士」のモニュメントがあります。生前93回引っ越しをし、30回名前を変えたと言われている北斎の墓標には「画狂老人卍墓」(「卍」は北斎の雅号の一つ)とあり、辞世の句が刻まれています。毎年命日の4月18日には「北斎忌」が開かれ、法要が営まれます。
    浅草橋・蔵前エリア
  • 朱塗りの大鳥居が印象的な、江戸下町を代表する神社です。古くから「おとりさま」の愛称で親しまれ、開運や商売繁昌のほか、家運隆昌、子育て、出世の神徳が深いと人々に信仰されてきました。
    毎年11月の酉(とり)の日に境内で行われる例祭「酉の市」は江戸の風物詩として有名。福をかきこむと言われる熊手をはじめ八ツ頭芋、お多福の面など、色とりどりの縁起物を買い求める人たちで賑わいます。樋口一葉の代表作『たけくらべ』や他の文学作品にもこの酉の市が数多く登場することから、いかに地域に根付いた催し物だったかが伺い知れます。

    なでる場所によって異なるご利益を授かるといわれる「なでおかめ」も人気。ふっくらとした優しい顔立ちのおかめは「お多福」とも言われ、福が多く幸せを招く女性の象徴という事から長年親しまれる縁起物です。

    ご祭神としては天日鷲命(あめのひわしのみこと)と日本武尊(やまとたけるのみこと)の他、浅草名所七福神のひとつとしても知られ、寿老人が祀られています。
    奥浅草エリア
  • 源空寺は、浄土宗の寺で、天正18年(1590)円誉上人が湯島に開山し、明暦3年(1657)の大火で浅草に移転しました。湯島の草庵で多くの信者を集めて、徳川家康も円誉に帰依し江戸城に召して法を聞いていたといわれています。慶長9年(1604)に家康は、寺地と法然上人源空の名にちなんだ源空寺の号を円誉に与えました。
    上野・御徒町エリア
  • 浅草雷門前に位置し、観光案内をメインとする複合文化施設です。4か国語(日本語、英語、中国語、韓国語)に対応した案内を行い、外貨両替所も併設。情報コーナーは、観光情報雑誌や検索用パソコンが無料で利用できます。また、クチコミ情報が書かれたコミュニケーションボードも閲覧できるので、とっておきの旅のヒントを得られるかも。多目的スペースでは、映像を活用し台東区のみどころやイベント、歴史、文化を紹介。通常、イスが配備されているので休憩場所としても利用できます。
    ここを訪れたなら、8階の展望テラスも必見です。雷門から浅草寺へと続く仲見世や、隅田川や東京スカイツリーも一望できるビュースポットとなっています。

    浅草の街並みに溶け込む平屋を重ねたようなおしゃれな外観は、日本を代表する建築家・隈研吾氏によるデザイン。木の温もりあふれる空間は、初めて日本を訪れる海外ツーリストにも優しい印象を与えています。
    浅草中央部エリア
  • 浅草寺本堂の東に建つ朱塗りの鮮やかな二天門。当初は、境内にあった東照宮の随身門として建てられたと伝えられています。随身門とは、神社を守護する神さまを配置した門のこと。当時は、神道の神さまである豊岩間戸命(とよいわまどのみこと)と櫛岩間戸命(くしいわまどのみこと)の守護神像が左右に祀られていました。
    しかし、1868年(明治元年)に明治政府が発令した神仏分離令により、仏教寺院である浅草寺には、この2柱の神さまの像を祀ることができなくなりました。そこで、浅草寺はこの2柱の像を浅草神社に遷座し、代わりに鎌倉の鶴岡八幡宮にあった仏教の守護神である広目天(こうもくてん)と持国天(じこくてん)の像を二天門に安置。これに伴い、正式名称が随身門から二天門に変更されました。
    その後、第二次世界大戦により2柱の像は焼失。現在は、上野の寛永寺(かんえいじ)の四代将軍徳川家綱霊廟にあった持国天と増長天(ぞうちょうてん)の像が祀られています。持国天と増長天は、四天王と呼ばれる仏さまとして知られていますが、四天王は仏教の守護神であることから武装した姿。どちらも、鎌倉時代以降に流行した複数の木材を組み合わせる技法「寄木造」により造られています。
    浅草中央部エリア
  • 日暮里駅北口から御殿坂を上っていくと下る階段があります。階段から眺める夕日が美しいことから名付けられました。
    谷中エリア
  • 谷中1丁目のみかどパン店のあるヒマラヤ杉の入り口から頤神禅院へと北へのびる約100mほどの直線の参道の名前です。クチナシの垣根があり、花期(梅雨が始まる時期)には甘い香りが漂います。この道の風景は谷根千界隈のランドマークとして挙げられる風景でもあります。
    谷中エリア
  • 愛知県三河に創建された浄土真宗の徳本寺は、檀家本多正信に請われ神田に移転し、江戸時代明暦3年(1657)の大火後に西浅草に移りました。「本多正信夫妻の絵像」(国重要文化財)を所蔵し、境内には佐野善左衛門政言「世直し大明神」の墓があります。
    浅草中央部エリア
  • 「セイコきもの文化財団」が、着物文化の普及向上を目的に平成2年(1990)に開設した美術館です。着物に関する資料の収集・調査研究を行い、江戸時代から明治・大正時代の着物や歌舞伎の舞台衣装など企画展示を行っていました。平成18年(2006)に休館となりましたが、着物に関する調査研究等は引き続き本財団で行っています。
    平成18年(2006)に休館
    上野・御徒町エリア
  • 平成15年(2003)に、集団就職で上京した中小企業経営者ら有志団体によって上野駅広小路口前のガード下に建立された歌碑です。「あゝ上野駅(ああうえのえき)」は、1964年に発表された高度成長期の世相を描いた代表的ヒット曲で、いわゆる団塊の世代を中心に「心の応援歌」として多くの人々に勇気と感動を与えました。
    上野・御徒町エリア
  • 落ち着いた色合いの浴室で、まるで高級リゾートのような雰囲気の改栄湯。そんな改栄湯の魅力の一つは、別名「美人の湯」ともよばれる「軟水」。地下120mから汲み上げたまろやかな井戸水を軟水化装置に通し、化粧水のようにトロトロな肌触りの軟水を作り出しています。改栄湯では浴槽のお湯からカランのお湯まですべてが軟水。お風呂上がりにはお肌しっとり、髪の毛さらさらになれることまちがいなしです。お風呂の種類も多く、高濃度浸透炭酸泉、シルキーバス、ジェットバス、サウナなど気分によって様々なお風呂を楽しめます。
    そしてお風呂上がりには、キンキンに冷えた生ビールやレモンサワーで乾杯するもよし、改栄湯名物こだわりの生乳ソフトクリームを食べるのもよし、どの年代の方々も、身も心も温まる幸せな空間となっています。オリジナルグッズの販売もありますのでお立ち寄りの際にはぜひ覗いてみてくださいね。
    奥浅草エリア
  • 世界のカバン博物館は、世界約50ヶ国から収集された希少価値の高いコレクションをはじめ、カバンの歴史・カバンづくりの技術、文化に触れることができるミュージアムです。著名人から寄贈されたカバンの展示や企画展なども行われます。
    浅草中央部エリア
  • 浅草寺裏手にあります雷5656会館は、雷おこしの実際の製造を見学施設「浅草工房」と、ご自分で作ることができる「雷おこし製造体験」がございます。
    また、5階は「ときわホール」は発表会・催し物等の貸し会場として、4階は打合せなどでご利用いただける「貸しスペース」がございます。
    浅草中央部エリア
  • 伊能忠敬は、江戸時代の商人・測量家で、寛政12年(1800)から文化13年(1816)までの17年をかけて全国を測量して「大日本沿海輿地全図」を完成させました。歴史上はじめて国土の正確な姿を明らかにし、初めて金星の子午線経過を観測した人物です。「東河伊能先生之墓」と記された墓は源空寺(げんくうじ)にあります。
    上野・御徒町エリア
  • 祈る者に十種福を授ける仏様が祀られている天王寺は鎌倉時代の創建といわれ、都内有数の古寺です。江戸時代には「富くじ」興行があり、目黒の滝泉寺、湯島天神と共に江戸三富と呼ばれて賑わいました。幸田露伴の「五重塔」のモデルとなった天王寺五重塔は昭和32年(1957)に焼失しましたが、その跡地は今も谷中霊園に残っています。
    谷中エリア
  • 隅田川の両岸に位置する「隅田公園」は、川沿いの心地よい散策を楽しめる憩いの場。春には桜が咲き誇り、国内外から多くの観光客が花見に訪れます。浅草には東京スカイツリーを眺められる場所が数多くありますが、なかでも隅田公園は絶好のスポット。春は桜とスカイツリーの共演も人気です。
    川沿いにある「隅田公園オープンカフェ」は、店舗の一部を屋外にした開放的なカフェ・レストラン。綺麗な景色を眺めながら、コーヒー片手にのんびりと過ごしても良いですね。また、クジラの滑り台が目印の「遊具広場」はブランコやアスレチックなどの遊具が設置された広場。子どもも思いっきり身体を動かせます。

    隅田川橋梁に設置された全長約160mの「すみだリバーウォーク」は、東京スカイツリーまでの最短距離ルートのひとつ。歩道橋の途中にあるガラス床から隅田川を見下ろしたり、すぐ横を走る電車の迫力を楽しんだり、隅田川散策にいかがでしょうか。
    浅草中央部エリア
  • 1627年に創建された、上野公園に鎮座する上野東照宮。徳川家康公(東照大権現)、徳川吉宗公、徳川慶喜公を祭神とし、出世、勝利、健康長寿にご利益があるとされている神社です。戦争や地震でも崩壊を免れた貴重な江戸初期の建築物として、国の重要文化財に指定されています。春は牡丹・桜、秋は紅葉やダリア展、お正月は初詣や冬ぼたん鑑賞の地として、年間を通して国内外からの参拝者で賑わうスポットです。

    贅沢に金箔が使われた豪華絢爛な金色殿(社殿)などの建造物は、三代将軍・徳川家光公が、日光東照宮までお参りに行けない江戸の人々のために建てられたそう。社殿内部は文化財保護のため通常は非公開ですが、特別公開が実施されることもあるので、拝観を申し込んでみてはいかがでしょうか。
    授与所では、期間・数量限定のお守りや御朱印も授与されているので要チェック。パンダのお守りや手塚治虫のユニコのお守りなど愛らしいものもありますよ。
    上野・御徒町エリア
  • 岡倉天心記念公園は、横山大観らと日本美術院を創設し、日本の伝統美術の復興に努力した岡倉天心の邸宅兼、日本美術院跡に台東区が作った公園で、昭和42年(1967)に開園しました。約700平方mの小さな公園です。園内には岡倉天心を記念した六角堂が建ち、堂内には平櫛田中作の天心坐像が安置されています。
    谷中エリア
  • 2019年に放送されたテレビアニメ「さらざんまい」において、かっぱ橋周辺や浅草地域を中心に台東区内の風景が細かく描かれ、放送終了後も聖地として多くのアニメファンが来訪しています。このマンホール蓋は、東京都下水道局や製作委員会、地元商店街等の協力のもと、観光振興を目的に設置されました。
    描かれているのは、主人公である矢逆一稀、久慈悠、陣内燕太の3人が、かっぱ橋に封印されていた謎のカッパ型生命体“ケッピ”によって河童の姿に変身させられた姿です。

    設置年月日:令和3年4月13日
    浅草中央部エリア
  • 厩橋は、春日通りが隅田川を渡る橋です。この橋の創架は明治7年(1874)で、隅田川では 第6番目の橋です。この一帯には幕府の御米蔵があり、米の運搬のために馬もたくさん飼われ、「御厩」 の名称となりました。現在の橋は、昭和4年(1929)に架設されたもので、親柱には馬をデザインしたガラス細工が組み込まれています。
    浅草橋・蔵前エリア
  • 国立国会図書館法に基づく国内唯一の国立の児童書専門図書館として、平成12年(2000)に開館しました。国内外の豊富な資料と情報資源を活用し、子どもの本に関わる活動や調査研究を支援しています。また、子どもと本のふれあいの場としての役割も担っている図書館です。
    レンガ棟は、明治39年(1906)に建てられた帝国図書館の建物を保存・再利用しています。
    上野・御徒町エリア
  • 浅草演芸ホールは、初心者でも気軽に落語を楽しめる伝統的な寄席(よせ)です。365日休まず公演を行っており、落語のほか漫談、マジック、ものまねなどバラエティーに富んだ演目が上演されています。寄席と聞くと敷居が高いイメージがあるかもしれませんが、囃家(はなしか)さんは喋りのプロ。すぐに巧みな話芸に引き込まれ、予備知識が無くても楽しめます。
    ホール内で飲食できるのも魅力のひとつ。売店でお弁当やお菓子を買ってゆっくり番組を楽しんではいかがでしょう。数々の著名な落語家やお笑い芸人を輩出した笑いの殿堂で、昔ながらの下町文化を体感してみてください。
    浅草中央部エリア
  • 江戸時代、谷中には大円寺と福泉院に二つの笠森稲荷がありました。福泉院前の鍵屋という水茶屋にいたのが江戸で評判の美人お仙です。幕末の上野戦争で福泉院焼失し廃寺になり笠森稲荷は寛永寺の子院養寿院に移転しました。のち、明治26年に福泉院跡に建立されたのが功徳林寺(くどくりんじ)で、明治末期には稲荷社が祀られました。
    谷中エリア
  • 浅間神社は、富士信仰が盛んであった江戸時代、富士参りができない人々の為に元禄年間(1688~1703)創建と推察されており、本殿の扉には明治維新頃の漆喰彫刻「下り龍」が残っています。富士山山開きの7月1日に例大祭、5・6月の最終土日の4日間に植木市が行われます。
    奥浅草エリア
  • 天海僧正の毛髪を治めた宝塔で、慶安5年(1652)に弟子の義海によって建立されました。寛永寺を創建した天海僧正は寛永20年(1643)子院の本覚院において108歳で没し、慈眼大師の諡号がおくられました。毛髪塔が立つ場所は本覚院跡で現在の寛永寺清水観音堂の裏にあります。
    上野・御徒町エリア
  • 江戸たいとう伝統工芸館には、江戸庶民の町、江戸文化発祥の町として栄えてきた台東区で、受け継がれてきた伝統工芸への関心を深めることができる工芸品が展示されています。
    浅草中央部エリア
  • 1926(大正15)年、日本初の公立美術館として開館。国内外の名品を楽しめる特別展や企画展、公募展など、年間を通して多彩な展覧会が開催される美術館。展覧会のほか、アート・コミュニケーション事業など、すべての人に開かれた「アートへの入口」として様々な事業を展開しています。

    レストランやミュージアムショップも充実。開放的なガラス張りのレストランからは、美術館のプロムナードや四季折々の公園の景色を眺めることができます。入館は無料で、レストランやミュージアムショップのみの利用も可能です(観覧料は展覧会によって異なります。展覧会のスケジュールや観覧料等の詳細は公式サイトをご確認ください)。
    専門のスタッフに子供を預け、ゆっくりと展覧会鑑賞を楽しめる託児サービス「パパママデー(事前予約制)」や、個室スペースのある授乳室、ミルク用のお湯のサービスもあるのでファミリーにもおすすめです。

    レンガ色のタイル張りの建物は、日本のモダニズム建築の巨匠・前川國男の設計。
    屋外には彫刻等の立体作品も展示されています。
    上野・御徒町エリア

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