創業333年!笹乃雪の豆富を愛した人たち【台東区の老舗物語】
台東区が世界に誇る老舗!絹ごし豆富発祥の店として知られる根岸の笹乃雪をご紹介します。令和6年夏、「子規庵」の隣地にリニューアルしたお店はまるで美術館のよう!333年の伝統と技、信念を守り続ける11代目店主・奥村喜一郎さんにお話しを伺いました。
心も体もあたたまる2碗の「あんかけ豆富」
笹乃雪を代表するお料理と言えるのが、この「あんかけ豆富」です。鰹出汁ベースのやさしくあたたかいあんかけと辛子が豆富の奥ゆきを際立たせる至極の味わい。
創業当時、このお豆富を上野の宮様に献上した際、あまりの美味しさにおかわりをされ「これからはふたつ出すように」とおっしゃられたため、2碗1組の提供が習わしになったそう。美濃焼の器に盛りつけるスタイルも、およそ250年前ごろには確立していたといいます。
「からしを軽くといて、4つに割って、器に口をつけてもいいので餡と一緒にどうぞ」と奥村さん。堅苦しさがないのもうれしいポイントですね。今よりも冷え込んだと言われる江戸の冬。五臓六腑に染み渡るおいしさは、食べる人の心も体もあたためてくれるようなホッとする逸品です。
唯一無二!笹乃雪の「絹ごし豆富」が残す余韻の美しさ
奥村さんが「これが本物の絹ごしです。大豆の味ではなく、豆富の味、そして豆富の香りです」と胸を張るのが、この「絹ごし豆富」。一口食べた瞬間にほかのどの豆富とも違う、あるがままの形で無二とわかる深みに驚かされます。
一般的な絹ごしよりも木綿に近いような舌ざわりでありながら、口のなかでほどけるなめらかさと鼻から抜ける豆富の香りはまさに唯一。
さらに驚くべきはシャンパンとの相性のよさ。チーズのような発酵食品でもないのに、豆富そのものの味がしっかりしているので、衝撃を受けるレベルの余韻です。
これはもう日本人はもちろん、ワイン好きな外国人のゲストが来日した時にも「東京でしか食べられないから!」とわざわざ連れていきたくなる味だなと思いました。
豆富料理店としての笹乃雪が誇る技がキラリと光ります。
コンセプトは自慢のケーキ!大切な人へのお土産にも
たとえば大事なお友だちのパーティーへ手土産を持っていくとしたら、なかなか手に入りにくい特別感のあるものや、わざわざ買いに行ってきたよとおもてなし感を添えられるものを選びますよね。「エピソードがあり、お高くて、めずらしくて、オシャレで、日持ちもしない。このコンセプトは誰かに教えたくなるような自慢のケーキ」というイメージを基に作りましたお土産用もあります。
そのまま食べても、お料理に使っても確実においしいお豆富なので、小さなお子さんがいるご家庭からお年寄りまで幅広い層に渡しやすいのも魅力。紙袋から出した瞬間、「なにこれ?」と驚かれ、「食べてみて!」と渡しながら話に花が咲く予感です。
お店の前には子規の句碑
実際、近所に住んでいたという正岡子規も、笹乃雪の豆富を格別の品として気に入り、手土産にも使っていたそうですよ。
ネーミングはなんと宮様!「笹乃雪」の由来
その歴史のはじまりは元禄四年(西暦1691年)にまでさかのぼります。
「初代・玉屋忠兵衛は京都出身なんですよ。修学院のそばで宮家お仕えの豆富職人をしていました」と語る奥村さん。水が清らかな京都で、もっと滑らかな豆富が作れないかと研究を重ねていた当時、石臼の性能が向上し、濃い豆乳がつくれるようになったことが絹ごし豆富のはじまりだったといいます。
完成した絹ごし豆富を宮様(111代後西天皇の親王)に献上したところ、「これはいい! これから江戸の寛永寺へいかねばならないので、この豆富を持って一緒にいこう」というご縁で、江戸に帯同することとなり、そのままお豆富の茶屋をはじめることになりました。創業の地に根岸を選んだ理由は、良質な湧き水があったからだそうです。
奥村さん「宮様と同じ山の上に住むわけにもいかないですけど、近くにはいたい。どこかにいい水はないかとあちこち探し回ったらしいんです。当時、この辺りは“呉竹(くれたけ)の里”と呼ばれていた、うっそうとした竹林のあるエリア。ということはいい地下水が沸いている。材料探しはもちろん、設備を整えていくにあたっても、宮様がお手伝いしてくださったと聞いています」
完成した豆富を寛永寺に持っていくと、宮様は「よくぞ作ってくれた!」とその味に感激し、「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と賞賛され、これが屋号の「笹乃雪」になったのです。
「今で言ったら名コピーライターですよね。“豆富”という言葉を使わずにこの料理を的確に表現されていて…」と奥村さんも感慨深そう。昔から根岸周辺はお寺も多く、売る先に困ることもなかったそう。
赤穂浪士に届けられた豆富。儚い恋に想いを馳せて
笹乃雪の伝説はまだまだあります。あの『忠臣蔵』でおなじみの赤穂浪士のひとり・磯貝十郎左衛門に、笹乃雪の娘・お静が恋していたというエピソードです。
“最初の出会いは、お静が雪道で足をとられ滑りそうになったのを十郎左衛門が助けた時。そして、十郎左衛門が俳人の宝井其角に連れられて来店したことで2人は再会します。その後も十郎左衛門はたびたび来店したようですが、もちろん本当の名前も身分も明かすことはありませんでした。”
引用:笹乃雪公式HP( http://www.sasanoyuki.com/)より
「先代から聞いたのは、二人とも京都出身だったから、話があったんじゃないかなって。でも最終的には皆さんご存知の通りの結末です。ただ宮様を介して、切腹前の赤穂浪士のもとへうちの豆富が届けられた。私が見てきたわけじゃないからなんとも言えないけど(笑)」と明るく話す奥村さん。お静の片思いだったのか、二人は両想いだったのか、もはや誰も知ることができない伝説ですが、そんな儚いワンシーンに想いを馳せて笹乃雪のお豆富をいただくと、胸に迫るものがあります。
庶民的なお店であり続ける笹乃雪
根岸の地は、江戸時代以降、落ち着いた別荘地のような場所として栄えました。
二葉亭四迷、夏目漱石、谷崎潤一郎など、笹乃雪の豆富を愛した人を上げるときりがありません。
“文人は、一度は足を運んでいる”と噂される有名店であるのも納得です。
お昼も夜も、メニューは共通で4,000円(税込)、5,000円(税込)のコースのみ(※季節や仕入れによって内容が変わります)。“代々宮家御用達”とか“偉人ゆかりのお店”というと、すごく格式高いイメージがありますが、意外にもお値段はリーズナブルですよね。
実際、同業者(飲食店経営者など)が来店したときに「安すぎるよ」と言われたこともあるそう。けれど「うちは“庶民的なお店である”というのが信条としてあるんです。そこは絶対に離れちゃいけないと思っていて、だからこの価格帯でやっています」と話す奥村さん。
家族や親戚と集まるハレの日はもちろん、ビジネスシーンやデート、友だちとの楽しい会食にも!気楽に使いやすいお店でありたいという信念が創業333年の名店を名店たらしめているのでしょう。
基本情報
豆富料理 笹乃雪
所在地/東京都台東区根岸2-5-12 (根岸子規庵隣り 台東区立書道博物館斜め前)
TEL/03-3873-1145
※席数が限られているので、来店前にお電話でご予約ください。
定休日/月曜日(月曜日が祝祭日の場合翌日)
営業時間/11:30 ~ 20:30(19:00ラストオーダー)
公式サイト/http://www.sasanoyuki.com/
※本記事は2024年11月時点の情報です。最新の情報は公式サイトをご確認ください。
ライター/朝岡真梨
世界50か国200都市の海外旅行経験をもとに、グルメや観光スポットを紹介するライター。公式ブログ「遊んでばかりのスナフキン」が人気。ハマりやすい性格で「成城石井マニア」「ポチャッコのガチオタ」としても知られる。