浅草橋の江戸蕎麦手打處あさだで一献いかが?【台東区の老舗物語】
【台東区の老舗物語】第4回目は、江戸安政元(1854)年に創業の江戸蕎麦手打處あさだです。「この落ち着いた時代にこそ、おいしいものを出したい」と語るのは、8代目の粕谷育功さん。昼から上質な日本酒を楽しみたくなる!江戸情緒あふれる蕎麦の魅力をご紹介します。
創業170年余。浅草橋にある手打蕎麦屋の老舗「あさだ」
浅草橋駅東口から江戸通り沿いを歩いて3分ほどの場所にある江戸蕎麦手打處あさだ。
中野で穀物商を営んでいた初代・浅田甚右衛門が江戸時代の安政元年に創業しました。
日本料理店や手打ち蕎麦屋で修業を積み、25年前からあさだの暖簾を守っている8代目の粕谷 育功(カスヤ ヤスノリ)さんにお話を伺いました。
毎朝、石臼で蕎麦を挽き、十割蕎麦を打ち続ける
あさだの蕎麦は、つなぎを一切加えない手打ちの十割蕎麦。
毎朝、石臼で挽き立ての自家製粉を練り、延し、切っていく…、この全てを手作業で仕込んでいます。
きめ細かく挽いた粉と、やや粗めに挽いた粉を配合したあさだの蕎麦は、のど越しがなめらかでありながら、蕎麦自体の豊かな風味をしっかり感じられるのが特徴です。
~明治時代、手打ち蕎麦は流行らなかった?!~
江戸中期ごろから庶民の食文化の一端を支えてきた蕎麦。実は明治の文明開化の時期、蕎麦屋業界でも機械化がすすみました。衛生的で品質も画一化できる機械打ちの蕎麦は効率がよく、資金力がある有名店が製麺機を導入したといいます。すると人々も珍しさから機械打ちのお蕎麦を求めて行列ができるように。しかし、戦後のバブル期以降、老舗の店が手打ちに戻し、その味わいが再評価されました。
粕谷さん「私が幼い頃は、うちもローラーでパスタマシンみたいに延ばす機械をいれていたんです。その後、手打ちに近い機械を使ったりもしていたんですが、やはり手打ちのほうがおいしい。それで、私の代からは完全に手打ちに戻しました。市場での仕入れから帰ってきたら、朝ごはんを食べて、蕎麦を打つ。それが朝のルーティンになっています」
あさだのこだわりが光る「蕎麦前」のひととき
江戸時代には蕎麦を食べる前にお酒を飲むことを「蕎麦前」と呼んで、粋に楽しむ時間がありました。
あさだならではの酒肴や日本酒のラインナップも見逃せません。
「食材はカレンダーをめくるように変わるわけじゃないから、市場で仕入れにいって出ている旬のものを取り入れて献立を作っています」と粕谷さん。メニューには、蕎麦屋らしい仕立てのお料理がずらりと並びます。
「冬季(10~3月)期間は、常時、用意しているのでぜひ食べてほしい」というあさだの名物 鴨なべ。
国産の合鴨を生の状態で仕入れているため、身のやわらかさが違います。
※夏季は、事前予約の場合のみの取り扱いです。
※鴨鍋は17:30からですが、事前予約があればお昼間の営業時間でも提供できます。
一般的なお蕎麦屋さんではしゃもじで提供されていますが、あさだは杉の板の上に味噌が乗っています。
香味野菜も冬場はねぎ、ゆず、ふきのとう、夏場は大葉とミョウガと、季節によって変えています。
粕谷さん「江戸時代も今も、蕎麦屋は昼から上質なお酒が楽しめる飲食店です。蕎麦屋の日本酒といえば菊正宗が定番なんですが、私の代になってからは、利酒師の資格をいかして蕎麦とのマリアージュを楽しめるタイプの日本酒も数多く取り揃えています。飛露喜(福島)、田酒(青森)、磯自慢(静岡)などは、味のバランスも素晴らしいので、日本酒がお好きな方にもぜひ飲みに来ていただきたいです」
自家製のからすみもおすすめ
秋から冬にかけて、お店で一年分を仕込んで出しているという自家製のからすみは、ボラの真子(卵巣)をお酒につけて塩を抜いてから調味液に浸して干すという、昔ながらのシンプルな作り方ですが、一番大事な塩加減は、粕谷さんが日本料理屋で修業を積んでいた時に身に付けた技が生かされています。
今のあさだだからこそ、味わえる逸品です。
浅草橋の歴史とともに。時代に合わせてアップデートしていく蕎麦
現在放送中の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の舞台でもある台東区。あさだでお蕎麦のランチをささっと食べるだけで、なんだか江戸の風流人になった気分になれます。
「うちのお店が創業したのは、蔦屋重三郎さんが活躍された時期より少し後なんですけどね。これとか面白いですよ」といって、お店の一角に飾ってあるレプリカの番付表を見せてくれました。
関東大震災と東京大空襲
あさだが歩んできた170年余の長い歴史のなかでは、関東大震災と東京大空襲で2回被災するという大変な時期もありました。
「私自身は戦争もなにも経験がないけれど、お店は関東大震災でまる焦げになっていますし、東京大空襲でも、この辺一帯が焼け野原だったと聞いています。その都度、再興してきたという底力があります」と粕谷さん。
蔵前に国技館があった時代の思い出
自慢の十割蕎麦にかける心意気と蕎麦屋ならではのお料理、そして選りすぐりの日本酒!
洗練された江戸の食文化をぎゅっと楽しめるお店です。
江戸時代から今も変わらず、お昼からお酒を飲めるお蕎麦屋さんの魅力を、あさだで思いっきり堪能してみてはいかがでしょうか。
基本情報
ライター/朝岡真梨
世界50か国200都市の海外旅行経験をもとに、
グルメや観光スポットを紹介するライター。
公式ブログ「遊んでばかりのスナフキン」が人気。
ハマりやすい性格で「成城石井マニア」「ポチャッコのガチオタ」としても知られる。