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町中華の原点「浅草来々軒」が創業の地に復活!はじまりの醤油ラーメンを食べてきた

浅草3丁目に2026年夏に復活した「浅草来々軒」。創業者の玄孫にあたる高橋雄作さんが、醤油ラーメンの原点、町中華の元祖ともいわれるお店を浅草に再びオープンしました。オープンから数か月がたったいま、昼夜人が絶えず、すでに常連さんにも愛されるお店になっています。復活させた高橋さんに、これまでとこれからをインタビューしてきました。
※2026年9月時点の情報です。

戦争で浅草を離れた来々軒

  • 浅草来々軒の歴史
    浅草来々軒の歴史
  • ラーメンを持つ高橋さん
    ラーメンを持つ高橋さん
  • らうめん(左)、天津丼(中央)、シウマイ(右)
    らうめん(左)、天津丼(中央)、シウマイ(右)
浅草来々軒は、もともと高橋さんの高祖父(ひいひいおじいさま)である創業者・尾崎寛一氏が明治43年から営んでいた、今日の日本の醤油ラーメンの始まりと言われるお店です。浅草新畑町(現在の浅草1丁目)にあったものの、戦争で店を失い、その後は八重洲や神田を転々としながら続けていました。

復活のきっかけは2020年、新横浜ラーメン博物館から「来々軒を復活させたい」と相談を受けたことでした。当初「3年限定」で始まった営業が、評判が良かったことから5年に延長。契約が切れる2025年9月、高橋さんは「このまま卒業すれば、来々軒の名前がどこにも出なくなってしまう」と危機感を抱き始めたといいます。

そんななか背中を押したのは、現在92歳のおじいさまの存在でした。博物館での復活を喜びながらも「やっぱり浅草で復活してほしい」と願っていたところ、博物館側としても、同じ気持ちだったことがわかったのです。

「あと何年元気でいられるかわからない。それに、博物館を卒業したら『浅草来々軒』の名前がどこにもなくなってしまう。タイミングが来たらなんて、言っている場合じゃなかったんです」と高橋さん。2025年9月、浅草での準備が動き出しました。

創業者・尾崎氏が導いてくれた?浅草三丁目の土地

動き始めたものの、浅草は物件の空きがなかなか出ません。家賃も高く、雷門のあたりは、来々軒があった頃とは空気も変わっている……どこに出店するか悩んでいた高橋さん。そんな中、12月ごろに出会ったのが、古き良き浅草の風情が残る浅草3丁目のいまの物件でした。人気の物件だし、もう空いていないかもしれない、そんな気持ちを持ちながらもダメ元で申し込んだところ、あれよあれよと審査が通ったといいます。

実はこの場所には、不思議なご縁がありました。店の目と鼻の先に、創業者の尾崎貫一氏が眠るお墓があるのです。さらに、もともと中華料理店だった物件。「運命を感じました」と高橋さんは話します。

手探りで作り上げた「百年醤油らうめん」

  • 写真説明 上:大正初期の浅草来々軒/左下:新横浜ラーメン博物館に期間限定出店していた頃の浅草来々軒/右下:新横浜ラーメン博物館の浅草来々軒展示ブース
    写真説明 上:大正初期の浅草来々軒/左下:新横浜ラーメン博物館に期間限定出店していた頃の浅草来々軒/右下:新横浜ラーメン博物館の浅草来々軒展示ブース
  • 写真説明 上:初期の浅草来々軒/左下:大正後期の浅草来々軒/右下:創業者の尾崎貫一(年代不明)
    写真説明 上:初期の浅草来々軒/左下:大正後期の浅草来々軒/右下:創業者の尾崎貫一(年代不明)
当時のラーメンを食べたことがある身内は、高橋さんの祖父だけ。レシピは残っていない上、あるのは「おいしかった」という記憶のみ。そこで高橋さんたちは、新横浜ラーメン博物館による歴史的な調査・裏付けに加えて、国立国会図書館に足を運び、文献を探し、当時の食料事情までつぶさに調べるところからはじめました。

「鶏肉は高く、豚肉のほうが手に入りやすい時代。それなら豚をたっぷり使っていたはず…そんな仮説を立て、ひとつずつ確かめていったんです」(高橋さん)

ルーツとなる「南京そば」は、塩ベースの豚骨スープで、当時の日本人にとってはにおいが強く、食べにくいものでした。そこに来々軒が醤油を加えてまろやかにし、日本人にも食べやすい一杯になったといいます。つまり、最初期のラーメンは、透き通ったあっさりスープではなく、実はこってりしていたーーそれが現在の「醤油らうめん」の原点となりました。
  • 細めのストレート麺
    細めのストレート麺
  • 昔と同じルーツを持つ小麦を使った麺
    昔と同じルーツを持つ小麦を使った麺
麺は、ラーメン博物館の調査をもとに、当時使われていたとみられる小麦と同じDNAを持つ小麦を使用。醤油はヤマサ醤油に相談し、当時ならこれだろうというものを教えてもらいました。
  • 醤油は昔とおなじヤマサ醤油
    醤油は昔とおなじヤマサ醤油
お値段にも思いがあります。来々軒の大きな功績は、高級だった中華料理を安く提供したこと。「来々軒のラーメン1杯が1,000円を超えるのは違うなと思って」と高橋さんは話します。その結果、880円(税込)で提供できることになりました。

復活した「百年醤油らうめん」を食べてきました

  • 高橋さんのおじい様とお父様
    高橋さんのおじい様とお父様
復活した一杯を食べたおじいさまは、ひとこと「これだよ」と言ってくれたそうです。
「覚えていないだろうと思っていたので、嬉しかったですね」と高橋さん。

実際に私も看板メニューの醤油らうめんを食べてきました。
  • らうめん(880円(税込))
    らうめん(880円(税込))
浅草来々軒の看板メニューが「らうめん」(880円(税込))です。まずスープをひとすくい口に運ぶと、醤油のコクが広がったあと、鼻の奥から八角の香りがふわりと追いかけてきます。「このスパイス、なんだっけ」と考えるうちに、箸もレンゲも止まらず、気づけば無言で食べ進めてしまっていました。

豚、鶏、野菜を合わせたスープは、旨みが重なりあって奥行きが感じられます。麺は細いストレート麺で、スープとも相性が良くするすると食べられてしまいます。のっているチャーシューは自家製のタレに漬け込んでいるそうで、薄切りなのに食べごたえがしっかりあり、大満足の一杯でした。

天津丼にシウマイ…かつての「浅草来々軒」のラインナップ

  • メニュー写真
    メニュー写真
メニューも、創業当時を思い起こさせるラインナップです。「うちには餃子はないんです」と高橋さん。中華といえば餃子とチャーハンを思い浮かべますが、来々軒にはどちらもありません。餃子は戦後の苦しい時代に広まったとされているため、その前から営業している来々軒が出していたのはシウマイだったのです。
  • シウマイ
    シウマイ
創業当時にならって大ぶりに仕上げた「シウマイ」(3個600円(税込))。
ひと口かじると、お肉がごろごろ。味がしっかりついているので、何もつけなくてもおいしいです。大ぶりで食べごたえがあり、高橋さんが話していた「創業当時の大ぶりのシウマイ」へのこだわりがしっかり伝わってきました。
  • 元祖天津丼
    元祖天津丼
元祖天津丼(並・950円(税込)。小サイズもあり)。酸味ひかえめで甘めのあんに、和風だしがきいてどこかほっとする味わい。高橋さんのお父様は、和食の料理人で、今回の味づくりにも携わってくださったそうです。なんといってもこだわりは、カニカマではなく、カニのほぐし身を贅沢に使用していること。当時は安価なカニカマはなかったため、カニを使用していたことから、いまもそうしているのだそうです。

台東区・浅草に愛されるお店へ

オープン後、高橋さんがまず目指したのは、地元の人に親しみを持ってもらうことでした。「地元に愛されなかったら意味がない」と、リリースは出さず、最初の3か月は町会へのあいさつやお祭りへの顔出しを大切にしてきました。10個たまると1杯無料になるスタンプカードも用意し、早々と集めた方もいるそうです。

街とのつながりも、少しずつ増えてきました。合羽橋道具街の老舗食器店・小松屋さんは、昔から来々軒の丼を作っていたお店。開店直前にそれを知ってあいさつに行くと、新生・来々軒のための丼を作ってくれたのです。中華料理の器の定番になった『雷紋』を、来々軒が最初に使用したとされる歴史を押し出したデザインになっています。
  • かつて使われていたとみられる器
    かつて使われていたとみられる器
さらに、なんと小松屋さんには当時の来々軒で使っていたとされる器が残っていました。隣のシウマイ皿も、復活を遂げたことを知った親戚が店に持ってきてくださったものだそうです。
野菜は浅草の八百屋さんから仕入れ、果物をおまけしてもらうこともあるそう。そんな人情みあふれるやりとりにも、下町らしさが溢れています。
  • 器は購入も可能
    器は購入も可能
もともと営んでいたエンタメ関係の会社は、港区から台東区(御徒町)へ移転しました。
「渋谷や恵比寿とは空気が違って最初は驚きました。隣のおばちゃんがふらっと入ってきて立ち話をしていくこともザラにあるんです」と高橋さんは笑いながら話します。街を歩けば「来々軒の人だ」と声をかけられることも。
「目標は、寅さんのような『名物店主』になることです」(高橋さん)

浅草来々軒のこれから

  • 諏訪真香さん
    諏訪真香さん
来々軒でラーメン博物館時代から働く、店長・諏訪真香さんの存在も大きいようです。学生時代から来々軒に参画、この浅草に戻ってくるときも一から立ち上げに携わっています。

「お店の設備も導線もなにもわからないところからオープンに携わってきて、とにかくすべてが大変でした」と諏訪さん。それでも、内定していた企業を辞退して、浅草来々軒の店長に就くことを決めました。
「そのほうが、絶対に面白いじゃないですか」と笑顔で話す頼もしい店長は、浅草来々軒になくてはならない存在だと感じます。
  • 高橋さんとおじいさま
    高橋さんとおじいさま
オーナーの高橋さんがまず大切にしたいのは、醤油ラーメンや町中華の礎を築いた来々軒の歴史を、その始まりの地である浅草から、食文化として次の世代へきちんと伝えていくこと。その先に「浅草に行く目的」になるお店を描いています。京都からはるばる来てくれるお客さんもいて、その手応えはすでに実感しているのだそうです。

地元の方の次は、観光客、そして海外から日本を訪れる方にも来てほしい。「浅草から、醤油ラーメンという日本の食文化を世界へ伝えていきたい」そう話してくれました。


「うちはお子さん連れのお客様も多いですよ」と高橋さん。当時の来々軒は、ラーメンのほかにも幅広いメニューが並ぶ、今でいうファミレスのようなお店でした。中でもいちばん人気だったのが、ラーメンなのだそうです。

初代の尾崎氏から高橋さんへと、世代を超えて紡がれてきた文化。家族が作り上げた「浅草来々軒」は、きっと浅草でこの先もずっと愛されていくことでしょう。

基本情報

浅草来々軒
〒111-0032
東京都台東区浅草3-42-4

営業時間:11時~15時/17時~20時30分(L.O.は30分前)

▼テイクアウトメニューあり(土日祝日の昼は休止)
▼無休(休みの場合は公式Xでお知らせ)

HP・SNSはこちら

お店MAP

浅草来々軒の場所はこちら。
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コラム
ライター/石川奈津紀
2018年から台東区在住。
きき酒師の資格を持つアナウンサーとして、
酒蔵へのロケや日本酒イベントMC、
お酒の造り手へのインタビューなどを行い、
ライターとしても活動。
現在、朝の経済番組にレギュラー出演中。

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