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おでかけや観光におすすめの魅力的なスポットをご紹介します。
幕末の勤王家である蒲生君平の墓は臨江寺(りんこうじ)にあり、国史跡に指定されています。君平は幼児期から学問に励み、寛政の末期、諸国の天皇陵を歩き、享和元年(1801)に「三陵志」を著しました。これは幕末の尊皇論の先駆をなすものとして知られています。文化10年(1813)に没し、高山彦三郎や林子平と共に「寛政三奇人」の一人にあげられています。
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創業90余年の伝統的木造銭湯です。日替わりの薬湯が人気で、地元の人々を長年にわたり癒してた「下町の銭湯」です。店内にはジャズ音楽が流れ、グレープフルーツの輪切りや生姜、吟醸酒を使った湯が提供されることもあるといいます。谷中散歩の途中に立ち寄る人も多いです。
袋物参考館は、世界50ヶ国にも及ぶ民族の生活用具としてのバッグなど、およそ3000点を収集所蔵している参考館です。江戸時代の煙草入れや印籠、北欧のトナカイ皮革のバッグなど約300点を所蔵品の中から選び、常設展示しています。
人形の街のはじまりは、正徳元年(1711)吉徳初代、三河出身の次郎兵衛が開いた人形の店で、陳列や販売方法の工夫など、たくましい商魂で一大問屋街を作り上げました。以来、東京の人形問屋の約70%以上がこの浅草橋界隈に集まりました。
正寶院(しょうぼういん)は享禄3年(1530)の創建といわれ、「飛不動」の通称で知られています。古くから病魔や災難を「飛ばして」くれると人々に信仰されていたと伝えられていますが、近年では航空安全の守護神として有名になり、空の安全や飛行道中安泰を祈願する参拝客が多く訪れます。
かわとはきものギャラリーには、世界各国の歴史的なはきものや各種参考靴、工具などが展示されています。足形測定機により自身の足の甲回りを採寸することができたり、シマウマや象など変わった皮に触れることもできます。
白鬚橋は隅田川にかかる橋で、橋名は東岸にある「白鬚神社」にちなんでいます。創架は大正3年(1914)で近在の人々が基金を募り完成した木橋でした。現在の橋は、昭和6年(1931)に竣工し、橋長は168m、幅員は22mのアーチ形式です。
平賀源内は、江戸中期に活躍した本草学者、科学者、戯作者です。源内焼き・寒温計・エレキテル(摩擦起電器)を創作。浄瑠璃本、また洋画なども手がけ、司馬江漢らに影響を与えました。安永8年(1779)に人を誤って殺傷して捕えられ獄死しました。お墓は台東区橋場二丁目の住宅街にあります。
山谷堀公園は、もともと山谷堀という王子の音無川から隅田川に注ぐ水路でした。江戸時代には、山谷船とも呼ばれた「猪牙舟(ちょきぶね)」でこの水路を通って遊郭の吉原へ遊びに行くことが、ぜいたくな遊びとして流行したと伝えられています。昭和50年(1975)頃から山谷堀はすべて埋め立てられて暗渠となり、細長い公園として生まれ変わりました。
花川戸靴・はきもの問屋街は、江戸通り沿いに、靴や鞄など革製品を取り扱っている店70店余りが軒を連ねて立ち並んでいる問屋商店街です。毎年暮れに花川戸公園で「花川戸はきだおれ市」が開催されて賑わいをみせています。