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該当件数108件
  • 上野恩賜公園内の竹の台噴水東側にある銅像で、昭和26年(1951)に福島県出身の玉應不三雄によって建立されました。高さ4.5m(石台を含む)の全身立像です。英世は福島の貧農に生まれ、北里柴三郎博士に師事し、ロックフェラー研究所に入り、梅毒の病原体を発見、アフリカで黄熱病の研究中感染して、死去しました。
    上野・御徒町エリア
  • JR上野駅とJR御徒町駅の線路脇、約500mの中に400店舗あまりの商店が軒を連ねる「アメ横商店街(アメ横商店街連合会)」。メインの「アメ横通り」と、JRの高架下にあるモールやプラザからなり、海産物などの食料品や輸入雑貨、アパレル、化粧品店など、さまざまなジャンルの専門店が立ち並んでいます。活気ある呼び込みが飛び交うなかで、店員さんとの会話も楽しみながら目玉商品や特価品を探せるのが魅力のひとつ。年末の叩き売りは風物詩にもなっています。

    アメ横のはじまりは、物資が底をついた第二次世界大戦後にできた闇市。多くの闇市が的屋の仕切りであったのに対して、アメ横は満州からの復員兵が共同体となり連合会を結成。出店を統制し、商店街が形成されました。

    当時、JR上野駅のすぐ南に発生した闇市は、飴を販売する屋台があったことから「アメヤ横丁(飴屋通り)」と呼ばれるように。反対側のJR御徒町付近には、アメリカ進駐軍の放出物資を販売する店ができたので「アメリカ横丁(アメリカ通り)」と呼ばれるようになりました。この2つのエリアが統合され、今の「アメ横」になったと言われています。
    上野・御徒町エリア
  • 台東区を中心とした下町地域の文化や暮らしの様子を後世に伝える博物館です。1階では、古い町並みや建物の面影が多く残されていた台東区坂本(現・根岸三丁目)を舞台に、昭和30年代の下町の風情や暮らしを再現しています。2階は生活道具を紹介する導入展示と大型映像をはじめ、下町地域の歴史や出来事をたどることのできる資料を展示しています。また3階には企画展示室と、道具や玩具を体験し、調べることができるしたまち情報コーナーがあります。
    上野・御徒町エリア
  • 上野公園一帯に広がる寛永寺は、天台宗の関東総本山。1625(寛永2)年、天海大僧正(てんかいだいそうじょう)により創建されました。

    江戸時代には、現在の上野公園一帯が寛永寺の境内でしたが、上野戦争でその多くを焼失。現在は根本中堂をはじめ開山堂(両大師)、不忍池辯天堂、上野大仏(パゴダ)、輪王殿などの建造物が上野公園とその周辺に点在しています。戦火を免れた輪王寺門跡御本坊表門、徳川将軍霊廟勅額門など重要文化財も多く有し、歴史の重みを今に伝える寺院です。
    清水観音堂の舞台前に復元された「月の松」は、浮世絵師歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれていることで有名。丸い形の松から不忍池辯天堂を見下ろす風流な景観は、絶好のフォトスポットとなっています。

    東叡山(とうえいざん)という山号は、東の「比叡山延暦寺」を意味しており、比叡山や京都の有名寺院になぞらえて上野の山に数多くの堂舎が建立されました。本尊は薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)で、伝教大師最澄が自ら彫ったと伝えられる秘仏です。徳川歴代将軍の祈祷寺と菩提寺を兼ね、御霊廟には6名の将軍が埋葬されています。
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  • 1627年に創建された、上野公園に鎮座する上野東照宮。徳川家康公(東照大権現)、徳川吉宗公、徳川慶喜公を祭神とし、出世、勝利、健康長寿にご利益があるとされている神社です。戦争や地震でも崩壊を免れた貴重な江戸初期の建築物として、国の重要文化財に指定されています。春は牡丹・桜、秋は紅葉やダリア展、お正月は初詣や冬ぼたん鑑賞の地として、年間を通して国内外からの参拝者で賑わうスポットです。

    贅沢に金箔が使われた豪華絢爛な金色殿(社殿)などの建造物は、三代将軍・徳川家光公が、日光東照宮までお参りに行けない江戸の人々のために建てられたそう。社殿内部は文化財保護のため通常は非公開ですが、特別公開が実施されることもあるので、拝観を申し込んでみてはいかがでしょうか。
    授与所では、期間・数量限定のお守りや御朱印も授与されているので要チェック。手塚治虫のユニコのお守りなど愛らしいものがありますよ。
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  • 1882年に日本で最初に開園した動物園。園内は大きく「西園」と「東園」に分かれており、約300種3,000点の動物が飼育されています。

    「東園」は、都心では珍しい、豊かな緑に溢れたエリアです。トラ、ゾウなどが住む森エリアや、ホッキョクグマやアザラシが住む海エリアでは、水浴びなど迫力あるシーンが目撃できることもあります。国指定重要文化財の「旧寛永寺五重塔」や藤堂高虎が建て1878(明治11)年に再建された「閑々亭」などの歴史的建造物も見どころです。

    一方「西園」は、蓮の名所としても知られる風光明媚な「不忍池」のほとりに位置する区域。キリンやサイなどの人気動物をはじめ、アイアイや“動かない鳥”として話題のハシビロコウなどユニークな種も見られます。
    子ども動物園「すてっぷ」では、小動物を間近で観察することを通じて、命の大切さや生きものの魅力が学べる体験プログラムが実施されています。

    歩き疲れたり、お腹が空いてきたら、園内にいくつかあるフードショップで休憩しましょう。それぞれのお店で、動物たちをモチーフにした可愛いフードやスイーツが食べられます。オリジナルグッズを取り扱うギフトショップも必見です。
    上野・御徒町エリア
  • 東上野神仏具問屋街は、上野から浅草へ続く浅草通りにあります。別名「仏壇通り」といわれるほど、神仏具の専門店約60店舗が軒を連ねています。明暦3年(1657)の「明暦の大火」の後、徳川幕府により多くの寺院がこの周辺に集められたことで、仏壇・仏具などの職人が多く集まるようになりました。
    上野・御徒町エリア
  • 明治13年(1880)に竣工された都内に現存する最古のレンガ建築です。この建物は、教育博物館の書籍庫として建てられたもので、耐火を重視し、すべての開口部に鉄扉を付設するなどの不燃性を重視した造りとなっています。築124年を迎えた平成22年(2010年)に耐震改修事業の一環により全面改修が施されました。
    上野・御徒町エリア
  • 日本初の私鉄である日本鉄道が、上野-熊谷間の第一区線開業時に合わせて、山下町に東京方の起点駅として明治16年(1883)に開業した歴史ある駅です。現在、北関東と東京を結ぶJR各線と東京メトロ各線、また東北、上・信越方面の各新幹線、その他在来線各線が発着するなど、東京の「北の玄関口」として機能しています。
    上野・御徒町エリア
  • 日本近代洋画の父ともいわれる黒田清輝は、大正13年(1924)に没する際、遺産の一部を美術の奨励事業に役立てるよう遺言しました。これをうけて昭和3年(1928)に竣工したのが黒田記念館です。岡田信一郎により設計され、現在は黒田記念室と特別室で黒田清輝の作品を展示しています。
    上野・御徒町エリア
  • 漫画・アニメ作品「ブルーピリオド」は、主人公の高校生・矢口八虎が1枚の絵画との出会いをきっかけに美大受験を目指す青春物語を描いた作品であり、台東区の東京藝術大学をはじめ、上野恩賜公園や公園内の文化施設が舞台として登場します。
    区にゆかりのある本作品を通して、新たな観光スポット創出による誘客促進と区内観光客の回遊性向上を図るため、こちらのマンホール蓋を設置しました。

    設置年月日:令和4年3月1日
    上野・御徒町エリア 谷中エリア
  • 春日通りから清洲橋通りに至る全長330mの全蓋式アーケードの商店街で日本で二番目に古い商店街といわれています。明治の初年に秋田藩の屋敷跡に見せ物小屋、寄席、飲食の屋台等が並び、盛り場として賑わい、下町情緒豊かな商店街として発展を続けてきました。現在も色々なイベントを行い、住民から親しまれている魅力的な商店街です。
    上野・御徒町エリア
  • 昭和8年(1933)に京成本線開通にあわせ、開業した駅です。ホームが短く4両編成の電車しか停車できないことによる乗降客の減少や、建物の老朽化のため、平成9年(1997)に営業休止となりました。駅事務室、ホームは地下にあり、ホームは電車の通過中に見ることができ、外観では入口にあたる建物を見ることができます。
    上野・御徒町エリア
  • ジュエリータウンおかちまち(貴金属・宝飾店街)は、JR御徒町駅東側一帯にある400軒もの貴金属・宝石の卸問屋が集まっている日本有数のジュエリータウンです。全国の店に卸しているほか、個人が入れる店舗も多く、品揃えも豊富で市価より安く手に入れることができます。
    上野・御徒町エリア
  • 江戸千家の祖川上不白が関宿藩主久世大和守の外神田下屋敷に建てた茶室で、明治2年(1869)に現在地に移築しました。不審庵表千家六代原叟宗左の三畳台目の茶室と同じ建て方といわれ、有形文化財に指定されています。不白は千家の茶を普及させ、大衆の茶道を試みたといわれおり、この茶室は江戸千家を広める拠点となりました。
    上野・御徒町エリア
  • 幡随院長兵衛は、江戸初期の町奴で、肥前唐津の士族出身、幡随院の住職向導に私淑、浅草花川戸に住み、奉公人を周旋する口入れ業に従事していたといわれます。その時代町奴と呼ばれる任侠の徒が横行し、旗本奴も市中を乱していました。長兵衛は慶安3年(1650)に旗本奴頭領の騙し討で没しました。お墓は源空寺(げんくうじ)にあります。
    上野・御徒町エリア
  • 八万四千体地蔵は、浄名院(じょうみょういん)にある2万5千体を超えるたくさんの石地蔵菩薩像のことです。明治12年に、第38世妙運大和尚が仏恩に報い、衆生済度(迷い苦しんでいる人々を救い、悟りの境地に導くこと)のために、八万四千体の地蔵建立を発願されたことに始まります。「八万四千」とは仏法で無数の意味を示します。この石地蔵尊は全国各地にも造立されており、これまで約5万体の石地蔵尊が造立され、今も増え続けています。
    上野・御徒町エリア
  • 東京文化会館内にある音楽資料室です。数少ない音楽専門の図書館として昭和36年(1961)に開設されました。クラシック音楽を中心に、民族音楽、邦楽、舞踊などの資料を無料で閲覧・視聴することができます。また、都内で活動するアマチュアの演奏団体にオーケストラ・吹奏楽用のパート譜の館外貸出も行っています。
    上野・御徒町エリア
  • 上野公園の入り口近くにある西郷隆盛の銅像は、人呼んで「上野の西郷さん」。明治維新の功績を称え、隆盛の旧友らによって1898年に建立されました。
    高さ3.7m、胸囲約2.6mの見上げるほど大きな銅像は、待ち合わせスポットやフォトスポットとして親しまれています。彫刻家、高村光雲によって作られた像は、愛犬のツンと一緒にうさぎ狩りに出かけているところだそう。
    上野公園にお立ち寄りの際は、ぜひ「上野の西郷さん」と写真撮影を楽しんではいかがでしょうか。
    上野・御徒町エリア
  • 天海僧正は「見立て」という、さまざまなお堂を京都周辺にある神社仏閣に見立てる思想によって上野の山を設計しました。琵琶湖にある竹生島の「宝厳寺(ほうごんじ)」に見立て、天然の池であった不忍池に中之島を築き建立されたのが「不忍池辯天堂」です。当初、お堂に参詣するためには船を使用していましたが、参詣者が増えたことから橋がかけられました。不忍池のどこからでも参拝できるように、八角形の建物になったと言われ、7月から8月にかけては、不忍池の蓮が咲き、極楽浄土を連想させる光景が広がります。

    ご本尊である辯才天は、音楽と芸能の守り神として広く信仰され、「辯”財”天」とも書くことから、金運上昇といったご利益もあると言われています。辯才天は琵琶を持った姿で知られていますが、不忍池辯天堂の辯才天は、8本の腕に煩悩を破壊する武器をお持ちになっている「八臂辯才天(はっぴべんざいてん)」。9月に行われる「巳成金(みなるかね)大祭」で目にすることができます。
    不忍池辯天堂には、豊臣秀吉公が大切にしていたという伝説のある、谷中七福神とは別の「大黒天」も祀られています。
    上野・御徒町エリア
  • 1857年に開席した「鈴本演芸場」は、現存する中では最古の歴史を誇る寄席(よせ)。落語をはじめ、漫才や曲芸、紙切りなどバラエティに富んだ様々な演目が10日毎に内容を変えて上演しています。昼の部と夜の部に分かれており、それぞれ好きなタイミングで入退室できるのも魅力のひとつ。
    上演中は飲食も可能です。おすすめは売店で購入できる、お箸で切れるやわらかさで有名な「上野 井泉本店」のかつサンド。お弁当やお菓子を食べたりビールを飲みながら、演目をお楽しみください。
    上野・御徒町エリア
  • ノスタルジックな景観に惹かれ中に入ると、昔ながらの番頭さん。もう少し進むと、格子状の高い天井に、波打った形のタイル浴槽。どこか懐かしいあたたかな空間が広がります。
    早朝6時から営業しており、すべての浴槽で46度のお湯が提供されています。常連の方々を魅了するのは早朝のこの少し熱めの温度のお湯と昔ながらの懐かしさでしょうか。
    店頭の屋根瓦や格子型天井等も昭和から引き継がれてきている歴史あるものです。お立ち寄りの際は、有形文化財に指定されたその景観も、ぜひゆったりとご覧ください。
    上野・御徒町エリア
  • 滋養のため、食材として、人々の胃袋におさめられたスッポンに感謝するために建立された塔です。上野恩賜公園内の不忍池の弁天島にあります。塔自体はスッポンの形をしていませんが輪郭が彫ってあります。
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  • 「東京ふぐ料理連盟」が、フグの霊を供養するために、昭和40年(1965)に建立した石碑です。上野恩賜公園内の不忍池の弁天島にあります。「幾千萬のふぐの霊に満腔の感謝をささげ、今後絶對安心してふぐを召し上がられることを祈念し茲に別記會員有志の協力によってふぐ供養碑を建立した所以であります」と刻まれています。
    上野・御徒町エリア
  • ゴルフ商品街は、御徒町駅を出てすぐのアメ横通りと駅前通りにあるゴルフショップ商店街です。アメ横通りは、CMで有名な「二木ゴルフ」や「ことぶきゴルフ」「ロイヤルゴルフ」、駅前通りは「フタバゴルフ」、といったゴルフショップが建ち並びます。品揃えも豊富で、ゴルフ好きの男性客で賑わっています。
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  • 上野恩賜公園内の東照宮の入り口付近にあり、寛永8年(1631)、佐久間勝之が奉納した石灯籠です。高さ約6m、笠石の周囲約4mとあまりにも巨大な灯籠のため「お化け灯籠」と呼ばれています。名古屋の熱田神宮の石灯籠、京都南禅寺の大石灯籠と合わせて日本三大石灯籠のひとつに数えられています。
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  • 木製の本棚と家具が配された居心地のよい図書室では、開催中の展覧会の関連書籍を多数紹介するほか、美術図書や展覧会カタログ、美術雑誌などを自由に閲覧できる。館の歴史に関するアーカイブズ資料をはじめ、教育普及に関連する資料や、公募団体に関連する資料も保管している。
    (画像提供:東京都美術館)
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  • 暦塚は、第73代首相中曽根康弘氏による碑文が刻まれており、全国カレンダー出版協同組合連合会等により建立されました。この石碑は不忍池の中央にある弁天島にあります。弁天島にはその他「ふぐ供養碑」「めがねの碑」などユニークな石碑が多いことで知られています。
    上野・御徒町エリア
  • 天海僧正の毛髪を治めた宝塔で、慶安5年(1652)に弟子の義海によって建立されました。寛永寺を創建した天海僧正は寛永20年(1643)子院の本覚院において108歳で没し、慈眼大師の諡号がおくられました。毛髪塔が立つ場所は本覚院跡で現在の寛永寺清水観音堂の裏にあります。
    上野・御徒町エリア
  • 昭和24年(1949)に国立図書館が文部省から国立国会図書館に移管されて成立した、国立国会図書館の支部図書館です。戦前の日本において唯一の国立図書館であった帝国図書館の後身で、上野公園に林立する文化施設の一つとして親しまれてきましたが、現在は国際子ども図書館へと改装開館しました。
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  • 「セイコきもの文化財団」が、着物文化の普及向上を目的に平成2年(1990)に開設した美術館です。着物に関する資料の収集・調査研究を行い、江戸時代から明治・大正時代の着物や歌舞伎の舞台衣装など企画展示を行っていました。平成18年(2006)に休館となりましたが、着物に関する調査研究等は引き続き本財団で行っています。
    平成18年(2006)に休館
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  • 東京自動車三十年会記念碑は、上野不忍池の弁天堂境内にあります。わが国自動車業界の黎明期を支えた先達を顕彰する記念碑です。昭和28年(1953)に結成された「三十年会」は、その当時業界歴が30年以上の方々で構成され、会の名の由来となっています。この記念碑は昭和50年(1975)に同会が建立しました。
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  • 昭和20年(1945)の「東京大空襲」の犠牲者を悼む慰霊碑で平成17年(2005)に海老名香葉子さん(故林家三平の夫人)によって上野恩賜公園内に建立されました。この塔は東京大空襲を忘れないため・同じ悲劇が起こらないよう、願いをこめて、大空襲で亡くなったご家族がモチーフになっている平和祈念母子像・時計塔です。
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  • どこかノスタルジックな景観のお江戸上野広小路亭。その魅力はなんといっても、舞台と客席の近さ。舞台に手が届きそうな距離で、古典芸能やお笑いライブを楽しめる、なんとも贅沢な空間となっています。
    ここでは、落語や漫才だけでなく、講談も聞くことができます。落語は知っているけど講談ってなんだろう?と思われた方も、ぜひ一度お江戸上野広小路亭をのぞいてみませんか?
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  • 正月行事の一つとして、七福神をまつる神社・仏閣を参詣する風習が起こり、それを七福神詣などと呼びました。谷中七福神詣りは江戸時代中期、宝暦年間(1751~1764年)に始まり盛んになった、江戸では最も古い七福神巡礼といわれています。谷中、上野など歴史的な建造物や寺・公園を通りながら、ゆっくりと一日散策が楽しめるコースになっています。
    上野・御徒町エリア 谷中エリア
  • 芸道富有、子孫繁栄の神様が祀られている天海僧正は、比叡山延暦寺にならって上野の山に寛永寺を創建しました。不忍池は、琵琶湖に見立てられ、竹生島にならって、水谷伊勢守勝隆が池に中ノ島(弁天島)を築き、寛永中期(1630年代)に弁天堂を建立しました。当初、小舟を渡して参拝していましたが、後に橋が架けられました。
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  • 東京藝術大学美術学部構内にある美術館です。平成10年(1998)に芸術資料館から現在の名称に改称しました。芸術資料収集は、 明治20年(1887)の東京美術学校設置に先立つ時期から行われ、現在の収蔵品は3万件余りに達し、その中でも大きな比重を占めているのが歴代卒業生の作品となっています。
    上野・御徒町エリア
  • 寿湯は、上野という都会にありながら銭湯という概念の常識を超えた様々なお風呂が楽しめ、露天風呂が自慢の銭湯です。お風呂の温度は40度から45度の3種の湯に設定してあり老若男女楽しめます。また男女ともにサウナも人気のお風呂になっております。
    上野・御徒町エリア
  • 「東京にオペラやバレエもできる本格的な音楽ホールを」という要望に応え、東京都が開都500年事業として建設し、昭和36年(1961)年に開館しました。大ホールと小ホールからなり、バックステージの広さなどのゆとりある造りは貴重で、海外の有名歌劇場が来日した際の公演に使用されることが多いホールです。
    上野・御徒町エリア
  • 徳川家霊廟は、江戸幕府の将軍職を務めた徳川将軍家歴代の墓所のことで、東京の寛永寺、増上寺、日光の輪王寺にあります。上野寛永寺墓地には、徳川将軍15人のうち6人(家綱、綱吉、吉宗、家治、家斉、家定)が眠っています。厳有院(家綱)霊廟と常憲院(綱吉)霊廟の建築物群は、昭和20年(1945)の空襲で大部分を焼失しました。
    上野・御徒町エリア

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