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該当件数66件
  • 浅草寺本堂裏広場にある九代目市川團十郎像(暫像)。歌舞伎の演目で歌舞伎十八番のひとつ「暫(しばらく)」で、正義の味方・鎌倉権五郎(かまくらごんごろう)を演じたのが市川團十郎です。「暫」のヒーロー鎌倉権五郎は、前髪姿の豪快な力強い子ども。その鎌倉源五郎のように丈夫で健康な子どもに育ってもらいたいという親の願いを込めて「泣き相撲」は行われます。まわし姿の組ませ役に抱かれた赤ちゃんが、土俵の上で泣き声を競い、先に泣いた方が勝ち。
    行司の「見合って、見合って」の声で、双方の組ませ役が赤ちゃんを見合わせ、「はっけよい、のこった」で、呼出し・組ませ役は、にらんだり、赤ちゃんを高く持ち上げたり、鬼の面をつけたり、あの手この手でなんとか泣かせようとします。組ませ役のしぐさに泣き出す子、逆に笑う子、寝たままの子とさまざまで、組ませ役の奮戦に心が和みます。
    応募方法等、詳しくは浅草観光連盟公式サイトでご確認ください。
    浅草中央部エリア
  • 早慶レガッタは明治38年(1905)に、隅田川向島で第1回大会が開催されて以来、2005年で74回、100年目を迎えました。「レガッタ」とは、イタリア語のレガータ(覇を競う争い)に由来し、「ボートレース」のことを意味します。日本の早稲田大vs慶應大の対校戦は、「世界3大レガッタ」の一つといわれています。
    浅草中央部エリア 浅草橋・蔵前エリア 奥浅草エリア
  • 浅草寺の草創に関わった檜前兄弟と土師真中知(はじのなかとも)の3人を祀る浅草神社で行われる「三社祭」は、1312年に神輿を船に載せて隅田川を渡御した「船祭」を起源とする、日本を代表する祭礼の一つです。
    以前は、浅草寺のご本尊が示現された3月18日を中心とした祭でしたが、現在は毎年5月中旬の金・土・日曜日に実施され、本社神輿御霊入れの儀や、無形文化財「びんざさら舞」の奉納が行われます。

    この祭りの中でも、最終日に行われる、勇壮且つ華やかな神輿渡御や御本社神輿3基の「宮出し」は圧巻の迫力。東部・西部・南部方面の氏子各町へ向けて、御本社神輿が担ぎ出され、日没後に神社境内へ戻る「宮入り」を迎えて祭礼行事が終わります。観衆の熱気に浅草一帯は包まれ、三日間で延べ180万もの人出で賑わいます。
    江戸風情の残る下町浅草が1年でもっとも活気付くと言われ、台東区の初夏を代表する風物詩となっています。
    浅草中央部エリア
  • 台東区の春を彩る伝統行事「浅草流鏑馬」は、江戸時代に浅草神社の正月行事として、毎年1月5日に開催されていたものを1983年に観光行事として復活、現在は小笠原流弓馬術礼法宗家の協力により古式に則ったやり方で執り行われています。
    「浅草流鏑馬」では、隅田公園の隅田リバーウォークから言問橋間に特別馬場が作られ、鎌倉武士の狩装束を身にまとった射手が疾走する馬上から、壱ノ的、弐ノ的、参ノ的を次々と弓矢で射抜きます。
    山谷堀広場では、浅草流鏑馬に先立ち「草鹿」も開催され、烏帽子(えぼし)に直垂(ひたたれ)の古式装束を着けた射手が、高さ約110cmの鹿の形をした的を約20mの距離から弓で弾き、大勢の見物客が見守る中、その腕前と所作の美しさを競い合います。
    浅草中央部エリア
  • 投扇興とは、台の上に蝶と呼ばれる銀杏形の的を立て、そこに開いた扇を投げて落ちた的と扇の形を採点し、優劣を競う江戸時代に始まった遊びです。投扇興のつどいは、春の観光祭の名物行事となっており、投扇興の原型といわれる「投壺」や個人戦・団体戦で争われる競技会を見学できます。
    浅草中央部エリア
  • 明治100年記念(東京100年)行事として、1968年に始まった「白鷺の舞」。京都の八坂神社を起源とする神事で、現在は京都の鷺舞を基本に「浅草寺縁起」に描かれたものを浅草観光連盟が復元し、春・初夏・秋に演じられています。
    白鷺を模した美しい白い羽やクチバシがついた踊り子の衣装はとても華やか。踊り子とともに、武人や棒ふり、餌まきと呼ばれる人などが、「白鷺の唱」を演奏しながら境内を練り歩く様子は見ごたえあり!ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
    浅草中央部エリア
  • 江戸開府400年を記念し、浅草観音うら地域の沿道に一葉桜という八重桜を植樹したことをきっかけにスタートした「浅草観音うら一葉桜まつり」。浅草寺の北側エリアにて、毎年4月の第2土曜日に開催されます。

    富士公園特設ステージにおいて、小学生や幼稚園児による演奏・ダンス、町会お囃子、子ども歌舞伎、津軽三味線、木遣りなどのステージショーを開催します。また、近隣の柳通りでは、フリーマーケットや模擬店を開催し、会場はにぎわいます。
    ※その年によってまつりの内容は変更になる場合があります。
    奥浅草エリア
  • 子どもの無病息災を願い、毎年3月3日の雛祭りに近い日曜日に隅田川で開催される「江戸流しびな」。主催は江戸流し雛振興会。流しびなは、子どもの災いを紙や草木で作った人形(ひとがた)に託し、川や海に流すことで祓い清める行事です。平安時代中期に始まったと伝わり、日本各地で行われています。
    2年振りに開催される第40回(2025年2月23日)当日は、正面に東京スカイツリーを臨む隅田川河畔にて、幼稚園児をはじめ主催者が用意した特製の「流しびな」(水溶性)を購入(1,000円:税込)した一般参加者500人がそれぞれの願いを記した「流しびな」を流します。受付開始は11:00から。先着200名には特製雛あられをプレゼント。護岸が高いため、特設の滑り台を使って「流しびな」を水面に浮かべます。
    浅草中央部エリア
  • 五條天神社のうけらの神事は毎年2月節分の日に行われる古式床しい追儺式です。「節分祭」「蟇目式」「病鬼との問答」「豆まき」を行う神事です。神事の間中「白朮(うけら)」という薬草を焚き続け邪気を祓います。神事に登場する方相氏は病鬼を退ける異形のもので、弓矢で四方舞をして清めます。この日は「追儺の神札・神矢」の他、1年間を無病健康に過ごせると言われる「うけら餅」や「鬼討ち豆・追儺の絵馬」が受けられます。
    上野・御徒町エリア
  • 鳥越神社の節分は厄難を祓い新春を迎える神事です。宮司や氏子総代らによる豆まきに続き、約350名の年男年女の人々が豆をまきます。福豆袋には恵比寿・大黒の二福神のお守り、祝い袋には開運招福の祈祷の済まされた福小判が入っています。
    浅草橋・蔵前エリア
  • 酉の市は、毎年11月の酉の日に、鷲(おおとり)神社と長國寺で開かれる、開運招福・商売繁昌を願う祭りで、江戸時代から続く代表的な年中行事です。
    午前0時の一番太鼓と共にはじまります。長国寺では、鷲妙見大菩薩(鷲大明神・おとりさま)を安置する厨子の扉が開かれ、住職が宝剣を振り本堂内を浄め、白装束の僧侶たち(祈祷師)が参詣者全員の開運招福と無病息災を祈祷、熊手商の「イョ!お手を拝借」の音頭で、参詣者全員で開運手締め、酉の市が始まります。

    境内は熊手、八ツ頭芋、お多福の面などの縁起物を扱う店舗や露店が立ち並びます。運を開いて福を呼び込む熊手御守は、「かっこめ」「はっこめ」とよばれる神様の御分霊で、開運・商売繁昌のお守りとして主に商売をする人たちが買い求めていましたが、最近では、恋愛成就や家内安全、健康などの願いが叶う熊手もあり、若い人たちも楽しめる市として、さらに賑わいを見せています。
    奥浅草エリア
  • 1945年の東京大空襲で焼失した浅草寺本堂の再建を記念して創られた寺舞。浅草寺の山号「金龍山」にちなんだ金龍の舞は、毎年春と秋の2回奉演されます。
    長さ約18mもの金龍が仲見世や境内を練り歩く様子は迫力満点!賑やかなお囃子とともに、勇ましく、力強く、まるで生きているかのように華やかな舞が繰り広げられます。行列の先頭を歩くのは、観音様を象徴する「蓮華珠(れんげしゅ)」。蓮華珠を守護する88kgの金龍を、8人で自在に操る巧みな技術も見どころのひとつです。
    浅草中央部エリア
  • 江戸時代より、毎年歳末に行われる浅草寺「歳の市」での正月用品や縁起物の販売に始まり、江戸末期頃には「羽子板市」として歳末の風物詩に定着し、江戸情緒ある歌舞伎の絵柄に加えて、昭和25年頃には話題の社会風刺、時事や人気タレントなどを題材にした変わり種羽子板など多彩な作品が販売されます。
    浅草中央部エリア
  • 江戸の里神楽は、笛、大拍子、長胴太鼓を3名の基本とする囃子に、仮面をつけ、時に素面で古事記、日本書紀の神話を演じる無言劇の形態をとる神楽の総称です。東京都台東区蔵前の若山社中、品川区東大井の間宮社中、荒川区西日暮里の松本社中、稲城市矢野口の山本社中の4つの団体が代表して、重要無形民俗文化財に指定されています。
    浅草橋・蔵前エリア
  • 松葉町(現:松が谷の一部)を氏子とする矢先稲荷神社の例大祭。
    本祭りは隔年開催ですが、御本社神輿は毎年担がれ、宮入道中では大勢の鳶頭による木遣が披露されます。
    浅草中央部エリア
  • 昭和39年(1964)の宝蔵門落慶を記念して創始された舞が「福聚の舞」です。福聚とは「観音経」にある「福聚海無量:観音さまが備えている海のごとき福徳の聚り」から名付けられたもので、節分会で奉演される「七福神の舞」と5月5日の端午の節句に奉演される「宝の舞」とがあります。
    浅草中央部エリア
  • 浅草の除夜の鐘は、「花の雲鐘は上野か浅草か」と芭蕉の有名な句で知られている弁天山の鐘を、正零時に地元信徒「百八会」の会員108人が交代に打ち鳴らならします。昭和26年(1951)の大晦日から今日まで続いています。この鐘を合図に浅草界隈は新年を迎え、初詣りの人々が仲見世を埋めつくしていきます。
    浅草中央部エリア
  • 三社祭の初日(金曜日)に行われる大行列で、浅草神社到着後、五穀豊穣、商売繁盛、子孫繁栄などを祈って氏子の人々より「神事びんざさら舞」が拝殿で奉納されます。びんざさらとは「編木」「拍板」などと書き、竹、あるいは木の薄片数枚から百枚前後の上部を紐で束ねた楽器で民俗芸能の中でも田楽系統の踊りに用いられています。
    奥浅草エリア
  • 浅草熊谷稲荷眷族祭は、熊谷安左衛門の菩提寺である本法寺(ほんぽうじ)で行われる祭りです。熊谷稲荷神社(狐から授かった盗難除けの呪文を守り札として売り出し大繁盛したため狐を祀った)は、江戸時代から霊験あらたかな稲荷として人気があり、熊谷稲荷眷属祭の当日に授与される盗難除けの守り札を求めて多くの信者が集まります。
    浅草橋・蔵前エリア
  • 「示現」とは神仏が人々を救うため、様々な姿でこの世に現れることをいいます。浅草寺の本尊である聖観世音菩薩がご示現された浅草寺草創の聖日(推古天皇36年(628)3月18日)を祝うのが「浅草観音示現会」です。毎年この日には「本尊示現会」という法要を行い、当日に限り祈祷札は「紅札」と呼ばれる赤いお札が授与されます。
    浅草中央部エリア
  • 例年9月25日に執り行われる人形供養大法要のことです。子授け、安産などを「子育て観音さま」に祈願した人々が心願成就のお礼に「子供の身代わり」として奉納される人形の供養がはじまりといわれます。奉納された人形や家庭で飾って汚れたり、子供と遊んで壊れた人形を秋の彼岸の終わりに集めて読経のうえ荼毘に付します。
    上野・御徒町エリア
  • 紀州辺の漁家が、釣り針の折れなどを海底に沈めて海神を慰める習俗から、日常使った針を淡島神社に納め供養するようになりました。旧針は三宝にのせ、折れた針は豆腐などにさして納め、日常使い古した針に対し、報恩、感謝の念を表す行事で、大勢の婦人で賑わいます。
    浅草中央部エリア
  • 十三詣は、13才になった男女が虚空蔵菩薩さまにお参りして知恵を授かる行事で、浅草寺では昭和49年(1974)から復活して行われています。本堂内で浄水を頭にかけ、宝印を額にあててもらって、厄除けと成人への祈願の儀式とされています。
    浅草中央部エリア
  • 4月8日はお釈迦さまのご生誕を祝う「仏生会」の日です。現在では「花まつり」の名で親しまれている春の行事です。毎年、浅草寺では本堂に「仏誕図」を掛けて法要が行われ、本堂前の参道では浅草寺幼稚園園児らの行列が白象をひいて誕生仏に参拝し、甘茶の無料接待などが行われて賑やかにお釈迦さまの誕生を祝う一日となります。
    浅草中央部エリア
  • 火渡りの神事が開催される秋葉神社は、東京一円の火災鎮護の神社です。拝殿内では祭儀が行われ、その途中、四方に注連縄を巡らせ、木炭を敷き並べて清められた火渡り式場に点火され、拝殿内の祭儀が終ると祭員は火難守護のお札を受けて、裸足で赤々と燃える炭火の上を無病息災と防火を祈りながら渡ります。
    浅草中央部エリア
  • 浄名院(じょうみょういん)で毎年15夜の日(旧暦8月15日)に行われる供養会です。正式名は「へちま加持祈祷会」。境内には、「八万四千体地蔵」といわれるたくさんの地蔵が並んでおり、このうち「へちま地蔵」に加持祈願すれば咳、喘息に霊験あらたかとされています。へちま供養の日は早朝より夕方までお札を求める全国からの参拝者で溢れ、賑わっています。
    上野・御徒町エリア
  • 浅草浅間神社(あさくさせんげんじんじゃ)は、富士山信仰のために勧請された神社です。明治維新後は浅草寺の管理を離れ、明治6年には浅草神社が社務を兼ねることとなり、現在に至っています。神社では富士開山に合わせて、毎年6月初旬と7月初旬の計5日間にわたって富士祭が行われ、その呼び物として盛大な植木市が開催されます。
    奥浅草エリア
  • 大円寺で行われる谷中菊まつりは、江戸時代から明治にかけて続いていた団子坂の菊人形を、昭和59(1984)年に「菊まつり」として復活させたものです。菊人形展示、産地直送菊小鉢の販売、菊いなり、菊なます、菊酒など菊づくし販売、縁日屋台、菊ゆうパック発送などが行なわれるお祭りです。
    谷中エリア
  • 谷中は昔ながらの下町の面影を残す、寺と坂の街です。メイン会場の防災広場「初音の森」では、地元小・中学校の楽器演奏やヒーローショー等をステージで実施するほか、町会等の模擬店等のテントを出店します。また、サブ会場の「谷中小学校」「旧吉田屋酒店」「谷中五重塔跡こども広場」でも、大道芸をはじめ、楽しいイベントを実施します。そのほか、谷中地区全体でのスタンプラリーも開催。例年、家族連れや子どもたちで賑わっています。「台東くん」「谷中に恋にゃん」「はっぴぃ」も遊びに来ます。
    谷中エリア
  • 怪談、人情話を得意とした(故)三遊亭圓朝を偲び、墓所のある全生庵を会場として催されます。圓朝が怪談創作の参考に収集した幽霊画を1か月間一般公開するほか、圓朝寄席を開催します。
    谷中エリア
  • こんこん「靴」市は、玉姫稲荷神社の境内で、近隣の靴関連業者が商売繁盛と地場産業の発展を目的として行う市のことです。この地の周辺にはもともと靴製造業者や靴問屋が多くあり、年末の資金集めとしての即売会として始まったこの靴市では、市価の2割から8割で最新デザインの靴や皮革製品が即売されています。
    奥浅草エリア
  • 靴のめぐみ祭り市は、玉姫稲荷神社の氏子の靴メーカーが「靴まつり」として靴のめぐみを感謝し、行っている市です。30数社のメーカーにより市価の6割~8割引き価格で、約10万点以上の品が安価で販売されます。秋のこの市では春に行われた「こんこん靴市」でデザイン応募があった「シンデレラの靴御輿」が登場します。
    奥浅草エリア
  • 富士山の山開きに由来して、浅間神社の祭日にあわせて開かれる植木市を「お富士さんの植木市」といいます。浅草4、5丁目一帯の道路上に近県植木商の軒露天や植木がたちならび、近年のガーデニングブームもあいまって賑わっています。
    奥浅草エリア
  • 華麗な御本社神輿の渡御は2年に1度行われます。
    数十年途絶えていた御本社神輿渡御を、平成になってから地元の方々が復活させました。氏子地域こそ大きくないものの、地域に愛されているお祭りです。
    浅草橋・蔵前エリア
  • うえの華燈路浮世絵行燈は、上野に新しい賑わいを創り出し、観光客などの誘致をさらに高めようと、区観光課が企画して平成19年から始まりました。歌川広重の「名所江戸百景」を用いた浮世絵行燈や高さ1mを超える大型行燈などが上野公園内の大噴水広場から袴腰広場にかけて設置され、夜には行燈が灯されて江戸風情を楽しむことができます。
    上野・御徒町エリア
  • 宝の舞は、宝船を多勢の幼稚園児が漁師の衣装に身をつつみ引きます。この宝船は、福徳をあらわす七福神を乗せた船として古来人気がありました。浅草寺ご本尊の観音様は、浜成、竹成という兄弟の漁師によって示現されました。その故事にちなみ、この観音様の福徳をたたえるとともに、子供の健やかな成長を祈って行われます。
    浅草中央部エリア
  • 豆まきをして悪い鬼を払い、年齢よりひとつ多く豆を食べて無病息災を願う「節分」。この行事を江戸で大々的に行ったのは、浅草寺が最初でした。
    節分の一般的な掛け声といえば、「鬼は外、福は内」ですよね。しかし、浅草寺では「千秋万歳(せんしゅうばんぜい)福は内」!これは「観音様の前に鬼はいない」ことに由来します。

    節分会では、本堂や本堂東側の舞台で年男たちが豆まきを行います。福豆は授与所でも手に入りますが、年男たちが撒く福豆も大人気。手に入れようと、毎年多くの観光客が訪れる行事です。
    豆まきの後は、浅草寺三大寺舞のひとつ「福聚の舞(七福神の舞)」の奉演があり、境内では浅草寺幼稚園園児や芸能人による豆まきも行われるので、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
    浅草中央部エリア
  • 待乳山聖天の大般若講・大根まつりは、大根が、体内の毒素を中和して消化を助けるはたらきがあるところから、聖天様の「おはたらき」をあらわすものとして、正月三が日に奉納された大根を、風呂吹きに調理して御神酒と共に配布されます。
    奥浅草エリア
  • 元旦の午前0時、弁天山で除夜の鐘が鳴り響き新年の幕開けが告げられると、浅草寺に詰めかけた参拝者の大きな歓声とともに初詣が始まります。本堂内陣のご宝前では「新年特別祈祷」が始まり、1月7日まで30分~1時間ごとに閉堂近くまで営まれます。
    華やかな正月飾りで彩られた仲見世通りも、初詣ならではの見どころのひとつ。江戸時代から続くおみくじで新年の運勢を占ったり、自分や大切な人のために御守や開運厄除札を授与いただいたり、新たな年の幸せを祈ってお参りをしてみてはいかがでしょうか。

    ※浅草寺の境内は24時間自由に入退門できますが、本堂やその他の建造物には開閉門時間があります。例年、多くの参詣者が見込まれる元旦~3日には境内の参拝順路が設けられ、入場規制が行われます。山門である雷門を入口として仲見世通りが一方通行となり、途中の路地からの参列はできなくなりますのでご注意ください。加えて、周辺の道路では交通規制が実施され、車両通行禁止となる区間がありますので、併せてこちらも注意が必要です。なお、公式サイトでは、境内のライブカメラ映像を公開しており、事前に混雑状況を確認することができます。
    浅草中央部エリア
  • 1945年の東京大空襲で焼失した浅草寺本堂の再建を記念して創られた寺舞。浅草寺の山号「金龍山」にちなんだ金龍の舞は、毎年春と秋の2回奉演されます。
    長さ約18mもの金龍が仲見世や境内を練り歩く様子は迫力満点!賑やかなお囃子とともに、勇ましく、力強く、まるで生きているかのように華やかな舞が繰り広げられます。行列の先頭を歩くのは、観音様を象徴する「蓮華珠(れんげしゅ)」。蓮華珠を守護する88kgの金龍を、8人で自在に操る巧みな技術も見どころのひとつです。
    浅草中央部エリア

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